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西ベルリン側にも壁に注意を促す標識がたくさんありました。西ベルリン当局や西ドイツ、米英仏の西側連合国など、いわゆる西側は壁の存在を認めておらず、原則的には「ベルリンはひとつ」との考えを崩していませんでした。そのため、本来なら壁などなくて東ベルリンにも行けるはず、という立場でした。しかし、現実には東ドイツ側が壁を作り、無人地帯を整備し、厳重な監視体制を敷いていました。そこで西側当局も仕方なく、無人地帯に入り込むと何をされるか分からない、命の危険さえあるという警告を出さざるを得なかったのです。 上の左右の写真の標識には「アメリカ管区はここまで。この先の土地は東ベルリンに属する」という警告がドイツ語で書かれています。左上の写真では、ドイツ語の下に同じ意味のことがトルコ語でも書かれています。この地区にはトルコ人が多いためです。 警告にある通り、看板の先は東ベルリンです。壁が立っている線が厳密な境界ではないのです。したがって、左上の写真で自転車に乗っている人は東ベルリン側に入り込んでいることになります。 |

| 標識には西ベルリン市当局が立てたもののほかに、各地区で占領軍(米英仏)が作ったものがありました。内容は基本的に同じで、境界線があること、危険であること、入り込むべきでないこと、などでした。この写真の標識は米軍が立てたもので、英語とドイツ語で「あなたはアメリカ管区を出るところです」と表記して、境界線があることを警告しています。 |