<墓標>

 アパートから西ベルリンに逃亡する人が多かったため、壁の建設が始まってしばらくすると、アパートにも東独の警官や秘密警察が押し寄せて来ました。そのため西側へ逃げるためには最後の手段として、たとえ上階からでも西側に飛び降りるしかありません。西ベルリン側では、飛び降りてもいいように市民や消防士たちがマットを用意して亡命に協力しようとしていました。うまく飛び降りて西側に逃れた人もいましたが、中には運悪く的を外して道路にたたきつけられる事故もあり、4人が亡くなったと言われます。このような犠牲者を悼む墓標です。この墓標には「Rudorf Urban(ルドルフ・ウルバン)という人の名前が記されています。
© Photo by Yasumasa Tsukamoto

 壁建設が始まって1か月あまりたった9月24日、2階から西側へ逃げようとした77歳の女性は、窓から飛び降りようとしたところを東独の警官に腕をつかまれました。しかし、下からは西ベルリン市民が足を引っ張りました。女性は上下から引っ張られ「綱引き」状態で宙ぶらりんとなりましたが、結局、西側へ降りることができたという話も残っています。(下の写真)


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