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1963年6月25日 ベルリンの壁建設が1961年8月に始まると、西ベルリン市民の間には大きな衝撃と怒りが広がりました。当初は「壁」という構築物が作られるという認識より、西ベルリン周囲が封鎖され自由な交通が阻害される点がショックを与えました。西ベルリン市民は当然、占領国であり「守護国」でもあった西側3か国、米英仏が何らかの対抗措置を打ち出すものと信じていました。しかし、3か国は動きませんでした。 というのも壁の建設は、あくまでも東側の領域内で行われており、西ベルリン側に対する侵略行為は何もおきていなかったからです。当時の米大統領であったジョン・F・ケネディは、ベルリン政策として
そこでケネディは壁の建設が始まって約2年後の63年6月に西ベルリンを訪問しました。市民も熱狂的な雰囲気で迎えました。シェーネベルク地区の市庁舎前で彼が行った演説には多数の市民が駆けつけ、市庁舎前の広場はびっしり埋め尽くされました。その演説の中で最も有名なフレーズが |
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"Today, in the world of freedom, the proudest boast is, ich bin ein Berliner" 「現在、自由世界において最も誇らしく言うことのできる言葉は、"私はベルリン市民である"ということだ」 |
というものでした。西ベルリン市民に大きな感動を与えたこの言葉ですが、後に冗談で別の意味にも解釈されました。![]() |
| ケネディが演説したシェーネベルク市庁舎。それを記念して庁舎前の広場は後に「John・F・ケネディ広場」と呼ばれるようになりました。 |
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