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現場での実態 東ドイツの国境警備隊内部で射殺命令がどのように運営されたいたかは、亡命した警備兵たちからの証言により、西側でも徐々に分かってきました。それによると、警備兵が毎日の任務に着く際に上官から受ける命令の中で言われていたのは、 |
| 越境を許さないこと、境界侵犯者を見つけ出し、逮捕するか抹殺する |
という内容でした。最後の「抹殺する」というのは事実上、射殺するという意味にとれます。この「抹殺」という言葉は1980年代前半まで使用されていました。80年代後半になると、「抹殺」の部分は「銃器の使用により越境を阻止すること」と変更されたそうです。「阻止」という言葉が挿入されたことで、亡命者に照準を合わせて銃撃する前に警告射撃などをすることを考慮したとみられますが、最終的には射殺することと同じです。狙い撃ちするまでに、呼びかけや警告射撃といった段階があるような印象ですが、亡命した国境警備兵らの証言によると、隊内では「呼びかけや警告射撃が間に合わず、亡命者が壁を越えてしまいそうな場合は、最初から狙って撃つように」命令されていたといいます。しかも、その判断は現場の兵士達に任されていました。というのも、亡命者を見つけた時点で司令部にいちいち指示をあおいでいる時間などないからです。その間に亡命を許してしまえば、警備兵が責任を問われ、下手をすると裁判にかけられ懲役刑を課されることすらありました。 実際に何件かの亡命では、警告射撃をせずに最初から亡命者を狙って撃ったケースもあったようです。殆どは亡命者が最後の壁を乗り越える段階だったため、亡命を阻止するために直接銃撃したものとみられます。 銃撃により亡命を阻止した警備兵には、勲章、特別休暇、金品が与えられ賞賛されました。また亡命者を逮捕した場合は、警備兵の階級に応じて特別手当として現金が与えられました。 また銃撃により射殺された遺体は身元確認後に東ベルリンにある火葬場で荼毘に付されました。 |
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