もっと知りたい壁のこと

◆射殺命令 その1


 規定の背景や内容

 ベルリンの壁が、単なる工場などの塀と異なって「ベルリンの壁」であった最大の理由は、射殺命令が敷かれていたことでしょう。よく知られているように、ベルリンの壁を越えて西側に逃亡しようとする者は撃ち殺される、ということです。国民を自国におしとどめるために、射殺まで合法化しなければいけないほど東独は魅力のない国だったのでしょうか。それほど西側に比べて政治的に不自由で生活が貧しかったのでしょうか。

 東独の国境警備隊で兵士達が軍の講義で聞かされていたのは、「国境を侵す者は祖国に対する裏切り者である。ドイツ民主共和国政府は、合法的に出国できる措置を講じているのに、それを利用しないのは犯罪であり国家に対する敵対行為である」という内容でした。亡命を志す者は、東独の経済や軍事に関する秘密を暴露するよう西側に強要されているのだ、ということまで国境警備隊では教えられていたといいます。西側に亡命した警備兵によると、殆どの兵士はこうした教育を信用はしていませんでしたが、公然と反論することはできませんでした。

自動小銃で武装した東独の国境警備兵。壁の裏の無人地帯をパトロール中


 東ドイツの国境警備隊に課せられた規定として、この射殺命令は警備隊内では正式には「銃器使用規則」と呼ばれていました。これは東独の「国境法」という国境に関する法律の中の第27条にあたる部分です。その中で、どういう時に、どのように撃つべきか、あるいは撃ってはならないか、ということが細かく記されています。

 簡単にまとめると、
  • 射殺は最後の手段。なるべく逮捕すること。
  • 警備兵が亡命者を見つけたら、まず立ち止まるよう呼びかける。立ち止まらなければ上に向けて警告射撃を行う。
  • それでも亡命行為を中止しなければ狙撃する。
  • 第三者に危害が及ぶ恐れのある時、子供に対して、隣国に弾が飛んで行く可能性のある時は発砲禁止。
  • また、未成年者、女性に対しては、状況により撃ってはならない。
 などと規定されていました。これらの条文を見る限りでは、亡命者に対して呼びかけて、警告射撃して…、と段階を踏んでの射撃と受け取れます。では実際の警備隊の現場では、射殺命令はどのように運用されていたのでしょうか。
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