壁・西ベルリンに関する疑問

Wappen  Q4. 西ドイツや西ベルリンにいた人たちは、東独の中を通って互いに行き来できたのでしょうか。その際はパスポートは必要だった?

 1971年、東西ドイツにより「トランジット協定」が締結され、西ドイツ−西ベルリン間の陸路利用による交通の安全が保障されることになりました。それ以前は、確かに行き来することも可能ではあったのですが、東独側の検問所で執拗なチェックを受けるとか通過ビザを出さない、などの嫌がらせがありました。このトランジット協定により、こうした問題が解決され、自動車や鉄道を使って東独を通過して往来することが妨害なくできるようになったのです。

 その際、西ドイツ人や西ベルリン市民、当時のEC(ヨーロッパ共同体)国民はパスポートは不要で、身分証明書だけを携行すればよかったのでした。通過する際には東独に入った所でトランジットビザが発行されました。ビザ代は1人5マルクなのですが、西ドイツ人、西ベルリン市民の分に関しては西ドイツ政府が一括して肩代わりしていました。80年代を通じて東独は、このビザ代や道路通行料などで毎年約5億マルク(400億円)の収入を得ていたといいます。また、外国人はパスポートが必要でビザ代も徴収されました。

 余談ですが、西ドイツ人の身分証明書には国名として「ドイツ連邦共和国」と書かれていましたが、西ベルリン市民の証明書には「この証明書を所有する者はドイツ国籍」とは記されていたものの、「ドイツ連邦共和国の国民」とは書かれていませんでした。


西ドイツ人の身分証明書。一番上に "BUNDESREPUBLIK DEUTSCHLAND"(ドイツ連邦共和国)と書かれている


こちらは西ベルリン市民用の身分証明書。「ドイツ連邦共和国」の記載がないうえ、西ドイツのシンボルであるワシのマークもない


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