|
西ベルリン市長のブラントから封鎖への対策を求める書簡を受け取ったケネディは、当初は対応に熱心ではなかった。しかし米政府内でも、西ベルリン市民の怒りが爆発寸前にまで高まり、状況はかなり緊張しているということが検討され、ケネディはリンドン・ジョンソン副大統領とルシウス・クレイ将軍を西ベルリンに派遣することにした。 クレイ将軍は西ベルリンでも人気があった。1948−49年に西ベルリンへの交通がソ連により遮断され生活物資の供給が絶たれた際、飛行機を使って物資補給をするという作戦を指揮した伝説の英雄だ。 西ドイツのボン経由で西ベルリン入りした2人は市民の大歓迎を受けた。3日前の抗議集会の時には「西側はどこへ行った」といったプラカードが掲げられていたが、ジョンソンらを迎える際には「我々は西側を信頼する」という内容のプラカードなどが見られた。ジョンソンは市庁舎前で演説し「アメリカは西ベルリンの自由を守ることに対し責任がある」と述べ、市民から拍手を受けた。 |