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コンラート・シューマン(19)は東ドイツ国境警察の部隊の一員として封鎖作戦の監視に投入されていた。作戦開始の13日未明からベルナウ通りで、まる2昼夜、鉄砲を担いで同じ場所で任務についていた。10歩行っては10歩戻ることの繰り返しだった。 疲れもピークに達していたほか、東独が主張するように封鎖が本当に西側の「破壊工作」から国を守るためのものなのか疑問に感じ始めていた。おりしもベルナウ通りでは資材を積んだトラックが到着、鉄条網に代わり本格的な壁を作り始める予定だった。シューマンは「亡命するなら今しかない」と思うようになったという。 そこで彼は封鎖を確認するふりをして、有刺鉄線の束を足で少しずつ踏みつけ、飛び越えやすくした。そこへ偶然通りかかった西ベルリン側のカメラマンは、シューマンは亡命しようとしていると直感、写真を撮ろうとシャッターチャンスを待った。 そして、しばらくして同僚が目を離したすきにシューマンは走った。10メートルほど先の、踏みつけて低くしておいた有刺鉄線を目指した。鉄条網を飛び越える際、彼は小銃を投げ捨てた。この瞬間に撮影された写真は「東ドイツ警官の亡命」として世界中に配信され、西ベルリン封鎖を世界に知らしめた。西ベルリン側へ駆け込んだシューマンは、近くで待機していた警察の車両に保護された。 シューマンが亡命する瞬間の有名な写真は下のページ見ることができる。 http://www.ludgerusschule.de/rap2000/brd61g.html |