8月11日 ポツダム広場駅で、東ドイツから東ベルリンへ来た乗客への検問が厳しくなる

 当時、東西ベルリン間の行き来は可能であった。これを利用して、まず東ドイツから東ベルリンに入り、さらに西ベルリンまで行って亡命するという方法が多く取られた。そこで、東ドイツ政府は、東ドイツから東ベルリンへ入る人を厳しくチェックすることにした。

 ポツダム広場そのものは東ベルリン側にあり、交通の中心地であったため、東ドイツからポツダム広場を通って西ベルリンへ入る人も多かった。ここで警察が旅客の身分証や荷物を厳しくチェック、ベルリンに住んでいない者や、親戚訪問や商用などベルリンを訪れる必要を証明のできない者は「亡命の可能性あり」と判断され、東ドイツへ戻されたという。そのため、ここを通過できたのは10人のうち2人程度だった。